上越市柿崎区出身の洋画家・玉井力三は、画家を志して上京し、太平洋画会研究所で洋画を学びました。1947年(昭和22年)、洋画団体「示現会」の立ち上げに加わり、一方でその翌年、「月刊讀賣」の表紙絵を手がけています。これを皮切りに表紙絵画家としての仕事が増え続け、特に学年誌と言われる子ども向け雑誌の表紙絵画家として活躍していきました。
上越市柿崎区出身の洋画家・玉井力三は、画家を志して上京し、太平洋画会研究所で洋画を学びました。1947年(昭和22年)、洋画団体「示現会」の立ち上げに加わり、一方でその翌年、「月刊讀賣」の表紙絵を手がけています。これを皮切りに表紙絵画家としての仕事が増え続け、特に学年誌と言われる子ども向け雑誌の表紙絵画家として活躍していきました。