Outline 展示概要 生きることと、描くことが、ひとつであった画家 北海道の大地で、農業に従事しながら絵を描き続けた孤高の画家、神田日勝。 2020年は、神田日勝の没後50年にあたります。これを記念して、東京では42年ぶりの個展となる大規模な回顧展を開催します。 愛情を込めて育てた馬を病気で死なせたという、少年時代の記憶が色濃く影を落とす《死馬》、労働者としての自分と画家としての自分を重ねあわせ、息が詰まるような閉塞的な空間の中に自らの顔を描いた《一人》、画家として心ゆくまで絵を描きたいと願いながら、農業との両立で常に葛藤を抱えていた日勝の、内面の不安を描き出したかのような《室内風景》、そして最後の作品となった半身の《馬(絶筆・未完)》など、神田日勝の作品には、生きることと、描くことが、ひとつであった画家の、喜びや悲しみ、誇りと苦悩がにじみ出ています。 本展は、代表作を網羅して、日勝芸術の全貌を提示しようとするものです。大きな変貌を繰り返した日勝の芸術的展開をつぶさに追うことができる展覧会となることでしょう。 開拓の苦闘と、絵を描く喜び 神田日勝は1937(昭和12)年、東京の練馬で生まれました。日勝が7歳のとき、一家は戦火を逃れ、拓北農兵隊に応募して北海道に渡りますが、入植地の鹿追(しかおい)に着いたのは、終戦の前日、1945年8月14日のことでした。約束されていた国からの援助もほとんどない中で、極寒の冬を幾度も越しながら、荒れ果てた土地を開墾するのに、日勝の一家が辛酸を舐めたことは想像に難くありません。 そうした生活の中で日勝は、後に東京藝術大学に進む兄の一明の影響で絵を描き始め、すぐに絵画にのめり込んでいきます。1953年に中学を卒業すると、日勝は農業を続けながら絵を描く道を選びました。平原社展、全道展といった北海道内の展覧会が主な発表の機会でしたが、その作品は徐々に高い評価を得るようになっていきます。 1964年、東京オリンピックの年には独立展に初入選、その後も順調に入選を重ねます。この頃から日勝の芸術は、色彩が豊かになり、荒々しい筆触を取り入れるなど、同時代美術から影響を受けながら、豊かな展開を見せていくことになります。 未完の傑作 1970年、世間が大阪万博で盛り上がっていた頃、日勝は、農作業、制作、展覧会の準備などに忙殺される中、体調を崩し、最後の作品を完成させないまま、8月25日に亡くなりました。32歳の若さでした。 日勝が亡くなった後の画室には、一枚の描きかけの絵が残されていました。それが《馬(絶筆・未完)》です。馬の前半身だけが描かれており、頭部から前脚にいたる部分は完成していますが、腹部は下塗りが施されただけの状態で、残りの部分はベニヤ板の地がそのまま露出しています。日勝の作品制作過程を物語る興味深い作例と言えます。画面全体の五分の一ほどしか完成していないにもかかわらず、生き生きとした馬が描き出されており、それに不釣り合いな虚ろな眼は、見る者を戦慄させるような迫力に満ちています。 大地を耕すかのように魂を込めて描かれた筆触には、その一筆一筆に日勝の最後の命が宿っているようにも感じられます。未完成でありながら、日勝の最高傑作であり、近代日本美術史上わすれることのできない名品であると言うことができるでしょう。
