絵を買う値段は、何と比べればいいのか
絵を買う値段は、何と比べればよいのか。
これは、少し答えにくい問いです。
同じ紙でも、同じキャンバスでも、値段はまったく違います。
作家名、サイズ、技法、来歴、展示歴、ギャラリー、需要と供給。
価格を動かすものは、いろいろあります。
ただ、はじめて買う側から見ると、そこまで一度に考えるのは少し重いです。
まず、もっと手前の話からでよいと思います。
作品は、衣食住ではありません。
医療でもありません。
教育でもありません。
移動手段でもありません。
乱暴に言えば、嗜好品です。
なくても、生きてはいけます。
買わなくても、生活は続きます。
だからこそ、値段だけを見ても分かりにくいのです。
5万円の絵は高いのか。
20万円の絵は高いのか。
100万円の絵は高いのか。
数字だけを見ると、たいてい高く見えます。
でも、嗜好品は、数字だけで見ると少し見誤ります。
それが手元にあることで、自分の人生がどれくらい豊かになるのか。
まずは、そこから考えてよいです。
映画と比べる
映画を見に行くと、2時間くらい別の世界に入れます。
一本の映画が、何年も心に残ることがあります。
ある台詞を思い出すこともあります。
誰かと話すきっかけになることもあります。
絵も、少し似ています。
ただし、絵は一度で終わりません。
部屋にあるなら、何度も目に入ります。
朝、少しだけ見る。
夜、照明の下で見る。
疲れている日に、ふと視界に入る。
何も考えていない時期にも、そこにある。
映画館の暗い時間とは違います。
絵は、生活の明るい時間にも、暗い時間にも残ります。
その絵に払うお金は、映画何本分くらいか。
それだけの回数、心に戻ってくるか。
そう比べてみると、少し考えやすくなります。
高級ホテル一泊と比べる
高級ホテルに一泊すると、いつもと違う時間を過ごせます。
よく眠れるかもしれません。
景色がよいかもしれません。
朝食がよいかもしれません。
部屋の余白や、調度品の手ざわりが残るかもしれません。
一泊は、基本的には一泊で終わります。
でも、その一泊で、自分の中の何かが整うことがあります。
あの場所に泊まった、という記憶が残ります。
絵を買うことも、少し似ています。
ただ、絵は泊まりに行く場所ではありません。
こちらの部屋に来るものです。
高級ホテル一泊と同じくらいの値段の絵があったとして、どちらがよいか。
これは、正解のある比較ではありません。
一泊の濃い時間がほしい日もあります。
長く部屋に残るものがほしい時期もあります。
その絵が、部屋の時間をどれくらい変えるか。
その変化は、一泊の記憶と比べてどうか。
そう考えると、値段は少しだけ自分のものになります。
楽器やカメラと比べる
楽器やカメラは、使う道具です。
買ったあと、自分の時間が変わります。
練習する。
撮りに行く。
手入れする。
人に見せる。
うまくいかなくて、少し落ち込む。
道具は、生活の中に新しい習慣を作ります。
絵は、ふつう楽器ほど能動的な道具ではありません。
カメラのように外へ連れ出すものでもありません。
でも、部屋の中の見方を少し変えます。
壁を見る。
光を見る。
余白を見る。
色の組み合わせを気にする。
自分が何にひっかかったのか、少し考える。
絵は、使う道具ではないかもしれません。
でも、見方の道具になることはあります。
楽器やカメラ一本分の値段を、その絵に払えるか。
もし払えるなら、その絵は、自分の生活にかなり強く入り込むものです。
車と比べる
車は、移動手段です。
生活必需に近い地域もあります。
趣味として持つ人もいます。
維持費もかかります。
車と絵は、かなり違います。
それでも、少しだけ比べられます。
車は、自分の行ける場所を変えます。
絵は、自分のいる場所を変えます。
車は、外へ出る力をくれます。
絵は、帰ってきた場所の見え方を変えます。
どちらが上という話ではありません。
ただ、数十万円から数百万円の作品を考えるとき、車くらい大きな支出と比べるのは自然です。
その絵は、移動手段ではありません。
食べられません。
病気も治しません。
資格も取らせてくれません。
それでも、そこに置きたいか。
ここまで来ると、値段の話は、かなり個人的になります。
高いか安いかだけでは決まらない
作品の値段には、もちろん相場があります。
同じ作家の過去の価格。
同じサイズの作品。
同じ技法の作品。
ギャラリーでの価格。
オークションでの価格。
作家の展示歴や、作品の来歴。
そういうものを見ずに買うと、困ることもあります。
でも、相場だけで決めると、今度は自分の生活が消えます。
これは高くなるのか。
これは損しないのか。
これは相場より安いのか。
そういう問いも、必要なときはあります。
ただ、最初の一枚では、もう少し素朴な問いを残しておいてよいです。
この絵が手元にあると、自分の生活はどう変わるか。
映画何本分か。
ホテル一泊分か。
楽器一本分か。
カメラ一台分か。
車の一部か。
その比較に、完全な正解はありません。
ただ、比べる相手を持つと、値段は少しだけ見やすくなります。
買わない判断も残してよい
ここまで考えて、買わないこともあります。
それでよいです。
嗜好品は、買わない自由が大きいものです。
無理に買う必要はありません。
買わないけれど、覚えておく。
次の展示を見る。
作家名を控える。
似た価格帯の作品を何枚か見る。
部屋の壁を測ってみる。
それも、作品に近づく手順です。
買うとは、生活に入れることです。
だから、少し時間がかかってよいです。
迷ってよいです。
他の楽しみと比べてよいです。
もし、今の収入ではまだ少し遠いと思うなら、買えるようになるまで待ってもよいです。
作品だけが待つのではありません。
あなた自身が、そこまで育つのを待ってもよいのです。
絵は生活必需品ではありません。
そのかわり、うまく入ってくると、生活の必需ではない場所を少し変えます。
なくても生きていける。
でも、あると少し違う。
作品を買う値段は、その「少し違う」に、どれくらい払えるかの話です。
