
美術館で疲れるのは、感性がないからではない
美術館で疲れるのは、感性がないからではありません。
ただ、たくさん歩いて、たくさん立って、たくさん見るからです。
そして、見るだけではありません。
読む。比べる。考える。
感じる。少し戻る。
どれを覚えておくか、選ぶ。
美術館では、体と頭を同時に使っています。
だから、疲れるのは自然なことです。
美術館は、立ったまま行う知的遊戯です
頭を使うことは、たいてい座って行います。
読書。勉強。
デスクワーク。
将棋。映画を見ること。
もちろん、それぞれ疲れます。
ただ、多くの場合、座ることはできます。
一方で、体を使うレジャーには、頭を少し休められる時間があります。
散歩。買い物。
観光。軽い運動。
考えることはあります。
でも、目の前のひとつひとつを、作品として見続けるわけではありません。
美術館は、その中間にあります。
歩く。
立つ。
近づく。
少し離れる。
キャプションを読む。
隣の作品と比べる。
前の部屋で見たものを思い出す。
体を使う。
その上で、頭も使う。
美術館は、立ったまま行う知的遊戯です。
疲れないほうが、不思議なくらいかもしれません。
立ち止まるだけでも、体は使っています
展示室では、ただ歩いているだけではありません。
止まります。
作品の前で止まる。
キャプションの前で止まる。
人の流れを見て、少し横へずれる。
近くで見て、また少し下がる。
これは、意外と体を使います。
長く歩くより、短く歩いて何度も止まるほうが疲れることもあります。
同じ姿勢で立つことも、足や腰には負担になります。
普段デスクワークが多い人なら、なおさらです。
座って頭を使うことには慣れていても、立ったまま頭を使い続けることには慣れていないかもしれません。
それは、鑑賞に向いていないという意味ではありません。
ただ、体がまだその見方に慣れていないだけです。
頭も、かなり働いています
美術館では、目に入るものが多いです。
作品。
壁の色。
照明。
順路。
人の流れ。
タイトル。
制作年。
素材。
作家名。
解説文。
ひとつひとつを、全部きちんと処理しようとすると、かなり大変です。
しかも、作品は同じ見方をさせてくれません。
大きい作品もあります。
小さい作品もあります。
近づきたい作品もあります。
少し離れたほうが見やすい作品もあります。
先にタイトルを読んだほうが入りやすい作品もあります。
何も読まずに見たほうが残る作品もあります。
そのたびに、少しずつ見方を変えています。
疲れるのは、当たり前です。
感性がないから疲れるのではありません。
むしろ、ちゃんと反応しようとしているから疲れることがあります。
展示室では、気軽に回復しにくいことがあります
美術館では、作品を守るために、展示室内の飲食が制限されることが多いです。
喉が渇いたから、コーヒーを片手にそのまま見る。
少し小腹が空いたから、展示室で何かを食べる。
そういうことは、たいていできません。
音や匂いや汚れも、作品やほかの鑑賞者に影響します。
だから、疲れても、その場で回復しにくいことがあります。
これは、美術館が冷たいという話ではありません。
作品を守り、みんなで見る場所にするための条件です。
ただ、そのぶん、見る人の体には少し負荷がかかります。
だから、休む場所まで予定に入れてよいです。
展示だけを予定に入れるのではなく、見終わったあとに座る時間を入れる。
館内のカフェや休憩スペースを先に見ておく。
近くの喫茶店に寄るつもりで行く。
それは甘えではありません。
鑑賞を続けるための設計です。
全部を見切らなくてもよいです
疲れてくると、作品が入ってこなくなります。
タイトルを読んでも残らない。
同じように見えてくる。
足が痛い。
人の流れが気になる。
早く座りたい。
そうなったら、少し休んでよいです。
休める場所があれば座る。
一度、展示室の外に出る。
水分を取る。
残りを少し速く見る。
気になるところだけ戻る。
全部を同じ濃さで見る必要はありません。
全部を理解する必要もありません。
一つでも残れば、その日の鑑賞は失敗ではありません。
気になる色があった。
変な形を覚えている。
作家名をひとつだけ見たことがある名前として持ち帰った。
もう一度見たい作品がひとつできた。
それで十分な日があります。
疲れたなら、ちゃんと向き合ったのかもしれません
もちろん、疲れにはいろいろあります。
混んでいて疲れた。
照明で疲れた。
広すぎて疲れた。
説明が多すぎて疲れた。
ただ寝不足だった。
そういう日もあります。
でも、美術館で疲れたときに、すぐ「自分には感性がない」と思わなくてよいです。
疲れたのは、ちゃんと見ようとしたからかもしれません。
分からないものを、分からないまま通り過ぎず、少しでも見ようとした。
知らない名前を読んだ。
何がよいのか分からない作品の前で、少し立った。
自分には関係ないと思っていたものに、少しだけ時間を使った。
それは、かなりきちんとした鑑賞です。
作品に代わってお礼を言わせてください。
真剣に向き合っていただいて、ありがとうございます。
だから、疲れたら休んでよいです。
途中で切り上げてもよいです。
次に来たとき、続きを見るつもりでもよいです。
今日はひとつだけ覚えて帰る、でもよいです。
美術館で疲れるのは、感性がないからではありません。
体を使いながら、頭も使ったからです。
それくらいで、まずは十分だと思います。
