
サザビーズで買うのは、絵だけではない
絵画が数億円の値段で落札された、定期的にそういうニュースが流れてきます。
だから、絵は高い、私たちには手が届かない。そういうイメージがあるかもしれません。
たしかに、作品は安い買い物ではありません。
けれど、普段ギャラリーで目にする絵は、必ずしもニュースで見るような値段ではありません。数万円のものもあります。数十万円のものもあります。作家の活動歴やサイズによっては、100万円前後になることもあります。
もちろん、それでも気軽に買える金額ではありません。
ただ、車、時計、オーディオ、家具、旅行、楽器、カメラなど、ほかの嗜好品と比べたとき、美術作品だけが特別に現実離れして高い、というわけではありません。
では、ニュースで見る、億の単位になる美術作品とは何なのでしょうか。
なぜ、同じ「絵」なのに、そこまで値段が違うのでしょうか。
ここでは、その話をします。
生活の中で買う絵と、ニュースになる絵は同じ市場ではありません
まず分けた方がよいことがあります。
生活の中で買う絵と、サザビーズやクリスティーズのような大きなオークションで扱われる絵は、同じ「美術作品」ではありますが、同じ市場ではありません。
ギャラリーで買う絵は、多くの場合、これから長く見ていくためのものです。
部屋に飾る。
毎日見る。
自分の生活の中に置く。
作家の活動を応援する。
そういう買い方です。
もちろん、将来の価値が上がることもあります。けれど、最初から資産として売買するよりも、まずは自分がその作品と暮らせるかどうかが大きい。
一方で、ニュースになる高額作品は、少し別の顔を持っています。
壁に飾る絵であると同時に、歴史の中に置かれた資産でもあります。
サザビーズで買うのは、絵だけではありません
サザビーズのような高額が付く絵画オークションで買うのは、絵だけではありません。
もちろん、絵を買っています。
キャンバスがある。
絵の具がある。
色がある。
構図がある。
そこは変わりません。
でも、高額市場では、それだけでは値段が決まりません。
誰が描いたのか。
いつ描いたのか。
その作家のどの時期の作品なのか。
どのコレクションを通ってきたのか。
どの展覧会に出たのか。
どの文献に載っているのか。
過去にどのくらいの価格で取引されたのか。
世界のどの買い手が欲しがるのか。
そうしたものが、作品のまわりに積み重なっています。
高額美術市場で買われるのは、絵だけではありません。
その絵が通ってきた時間と、歴史上の位置も買われています。
来歴は、作品の履歴書のようなものです
高額作品では、来歴がとても大事になります。
来歴とは、その作品がどこから来たのか、誰の手を通ってきたのか、という履歴のことです。
誰が持っていたのか。
どのギャラリーを通ったのか。
どの展覧会に出たのか。
どの本やカタログに載っているのか。
そういう情報が、作品の信頼を支えます。
たとえば、同じように見える絵が二枚あったとします。
一枚は、制作年、所有者、展覧会歴、文献掲載がきちんと追える。
もう一枚は、どこから来たのか分からない。
この二枚は、見た目が似ていても、市場では同じ扱いになりにくい。
来歴があると、次の人が安心して買いやすくなります。
そして、次の人が安心して買えるということは、売るときにも扱いやすいということです。
高額市場では、この「次に渡せるかどうか」が大きな意味を持ちます。
値段には、交換しやすさも入っています
普段見る絵では、まず自分が好きかどうかが大事です。
好きだから飾る。
気になるから買う。
その作家を応援したいから買う。
それで十分です。
でも、億単位の作品になると、話が変わります。
その作品を、あとから誰が買ってくれるのか。
世界の市場で通用するのか。
オークションに出したとき、買い手が集まるのか。
美術館や大きなコレクションに入る可能性があるのか。
こうした交換しやすさも、値段に入ってきます。
また、そのような作品にお金を払うときには、仕事上の意味も混ざることがあります。
会社や財団のコレクションにする。
人を招く場所に置く。
信用や関係づくりの場で、その作品が話の入口になる。
そういう役割を持つこともあります。
これは、普通の自家用車を基準にして、仕事で使う車は高い、と言うようなものです。
生活の買い物として見ると高すぎるものでも、別の目的のために買われているなら、値段の見え方は変わります。
これは、作品を見る楽しさとは別の話です。
好きかどうかと、市場で通用するかどうかは、同じではありません。
ここを混ぜると、美術作品の値段はとても分かりにくくなります。
高い作品は、よい作品という意味ではありません
ここで、少し注意が必要です。
高い作品は、よい作品である。
安い作品は、よくない作品である。
そういう話ではありません。
値段は、作品のよさだけで決まりません。
作家名。
来歴。時代。サイズ。
保存状態。市場の人気。
売る場所。買う人の数。
そうしたものが重なって決まります。
だから、ギャラリーで数万円の作品を見て、これはサザビーズの作品より劣るのだ、と思う必要はありません。
市場が違うだけです。
生活の中で長く見られる作品には、生活の中での価値があります。
ニュースになる高額作品には、歴史と市場の中での価値があります。
どちらが本物で、どちらが偽物という話ではありません。
価値の立ち上がる場所が違います。
普段のギャラリーで見る絵を、怖がらなくていい
美術作品は高い。
そう思っていると、ギャラリーで値段を見るのも少し怖くなります。
でも、ニュースで見る億単位の作品と、普段ギャラリーで出会う作品を同じものとして考えなくて大丈夫です。
高額オークションの世界では、絵だけではなく、歴史、来歴、資産性、市場での通用性が大きく関わります。
一方で、生活の中で買う作品では、もっと素朴な判断も大事です。
この絵を家に置きたいか。
毎日見ても、まだ気になるか。
この作家の次の作品も見たいか。
自分の生活の中で、無理のない価格か。
もしかしたら、この作品もいつか、そういう市場に乗る可能性があるのか。
そう考えることも、ないわけではありません。
けれど、最初からそこだけを見すぎると、目の前の作品が見えにくくなります。
そのくらいのところから考えてよいと思います。
サザビーズで買うのは、絵だけではありません。
でも、私たちがギャラリーで見る絵は、まず絵として見てよい。
その違いが分かると、美術作品の値段は少しだけ怖くなくなります。
